コラム

2013年2月22日 (金)

PlayStation 4発表

PlayStation 4が発表されました。
ハードウェア的にはかなり早い段階から噂・リークされていた通り、x86-64アーキテクチャのAMD製APUを搭載しています。

早くも後藤さんが2つ記事を書いています。
次世代ゲーム機「PlayStation 4」をSCEがニューヨークで発表
PlayStation 4のCPUコアはなぜ「Jaguar」なのか

ただこれらは記事はおさらいのようなもので、昨年の12月の記事の時点で既にAMDのAPUが採用されること前提で、CPUコアがSteamrollerになるかJaguarになるかの展開について書かれていました。
自分はPS4の性能に過剰に期待するあまり、APUの他に単体でGPUも搭載されると勝手に思い込んでいたのですが、記事ではAPUについてのみ書かれていて実際もその通りでしたね。

IntelのLarrabeeが検討されていたことやCellの改良型も視野にあったことはさらに過去の記事でも書かれています。
これらのことを証明するソースはありませんが、基本的に後藤さんが断定口調で書いていることは、関係者への取材に基づいての確かな情報だと考えて間違いないでしょう。

最近ちょっと話題になっているAVが専門の本田さんもYahooに記事を寄稿しています。
プレイステーション4で巻き返しを図るソニーが示した二つの注目点

全体的にはかなり好意的な内容になっていると思います。
その理由としては、記事中でも書かれている通りあまりスペック自慢をすることなく、高コストな独自設計ではないプロセッサを採用し開発しやすさを重視していて、あくまで"ゲーム"を中心に据えてソーシャルも重視した内容であったからだと思います。

西田さんも今回のイベントをまとめた記事を書いています。
ついに登場したPS4。PlayStation Meeting 2013レポート

自分は同時通訳付きの動画をリアルタイムで見ていて(だいぶ不安定であったけど)、基本的には見落としや聞き逃しはなかったのですが、この記事を読んでみると改めて「ああそういうことも話してたんだ」という部分が多くありました。

その部分というのは、ゲームそのものというよりもその周辺のこと、つまり細かい使い勝手だったりソーシャルだったりという部分です。
たぶんコアゲーマーである自分にとって根本的には興味が無い事だったので、無意識のうちに流していたのでしょうね。

正直言って自分がPS4に求めていたものというのは、単純に"いかにハイパフォーマンスなゲーム機か"だけだったんです。
こう書くと「そんなにハイスペックを望むならPCでいいんじゃね?」と思うかもしれませんが、それは違います。

たしかにPCはハイエンドのものであれば発表されたばかりのPS4よりも更にハイスペックですが、現在におけるPCゲームでは専用タイトルというものがほぼ無いに等しく(特に大作では)、実際はゲーム機とのマルチプラットフォームハードでしかありません。
それでは全く意味がないのです。

例えるならPS4とPS3のマルチプラットフォームタイトルの場合、PS4版のほうがグラフィックは綺麗になるでしょうが、ゲームの中身は当然PS3版と同じです。
ポリゴンモデル等のグラフィックの骨格部分や、ゲームデザインに関わる部分というのは、PS3のスペックに合わせて作らなければいけません。

ですがPS4専用タイトルであれば、PS3では動作不可能だったようなものをふんだんに実装することが出来ます。
それによって新たなゲーム体験を得られるようなゲームを作ることが出来るでしょう。

ハードスペックが上がったからといってゲームが面白くなるわけじゃないという意見もあります。
ですが現世代においても、特にSCEファーストパーティタイトルにて、ハードスペックを活かした映像表現やゲームデザインによって素晴らしく圧倒的な体験が得られるということを我々は経験しています。
だからこそ、ゲーム機とのマルチプラットフォームハードでしかないPCではなく、ゲーム設計の次元を押し上げる"次世代ゲーム機"の登場が必要なのです。

その点において今回のPS4の発表で自分は、176GB/sで8GBというメモリに驚喜したし、プロセッサがAPU1つということに失望を感じたのでもあります。
ただ、CPUコアとGPUコアでメモリ共有ということでCPUコアでもメモリの超広帯域が活用されるし、GPUコアはGPGPUとしても使うことが出来るということで、部分部分においては現在のPCでも見られないようなスペックや機能を有しているとも言えます。
そういう意味で、今後も変わらずゲーム機がゲーム開発における中心であり、PCはそのマルチプラットフォーム対象に過ぎないという状況であり続けるでしょう。

幸いなことに、特に海外では、ただただハイクオリティな"ゲームらしいゲーム"を好むコアゲーマーが、ソーシャルやモバイルが台頭してきている現在においても膨大にいます。
今回いくつか公開されたPS4専用タイトルの映像では、まさに次世代たるクオリティを見せつけてくれました。
自分も含めコアゲーマー達はPS4を嬉々として購入するでしょう。
新たなゲーム体験が出来る日へのカウントダウンが、ついに始まったのです。

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2012年7月24日 (火)

Vita新作がスマホとマルチだとガッカリするよね

最近だとオルガリズムですかね。
プレイ動画見てテンポの悪さに微妙な感じは受けましたが、マルチってことで一気に興味が失せました。

ただ言っとくけど、くろこは別にソーシャルやらモバイルのゲームそのものを卑下しているわけではないですよ。
例えば今日本で流行っているタイプのソーシャルゲームなんていうのは、オーソドックスなコマンド式RPGを、極限まで贅肉を削ぎ落としてゲームのコアな(核となる)部分に特化したある意味での究極の形だと思うんです。

めんどくさいフィールドやダンジョンを歩き回ったりだとか町の人に色々話しを聞いて回ったりだとかをガッツリ省略して、簡単にボタンをポンポンと押すだけでクエスト進行・バトル・アイテム収集・強化合成の結果のみをシンプルに得ていく。
さらにお金をかければレベルアップをはじめとする時間を要する事さえスキップできる。

ドラクエ9のような古典的なまでにオーソドックスなコマンドRPGが400万本売れる日本でああいうのがヒットするというのもたしかに納得できます。

別にああいうのもいいと思うんです。
複雑な操作を必要とせずシンプルにRPGを楽しめてしかもネットワークを通じて協力や対戦もできるんですから、よく出来てると思いますよ。

ただね、専用の操作キーを持つゲーム機とモバイル(スマホ)とでは根本的に違いますよね。
モバイルとかではアクション操作を全く必要としないゲームはどんどんやっていけばいいと思うけど(そのうちノベルアドベンチャーも主戦場はそっちになるでしょう)、ゲーム機とマルチってことになると結局ゲーム機の強みである操作キーによる操作性は活かしてないということになるわけで。
じゃあゲーム機版意味無くね?ってなるわけで。

ぶっちゃけ手軽さではスマホのほうが上だし、たぶん値段もスマホ版のほうが安いだろうし。
最近は有機ELのスマホも増えてきたし、液晶もそれに負けないレベルの画質になってきてるし、画面サイズも4インチ台後半がざらにあるし。
描画性能だって数年後にVitaを追い抜いてるだろうしね。

てなわけでVitaとスマホのマルチはガッカリなわけです。
つーかアクション性の無いゲームはもうゲーム機には必要ないんだよね。
今や洋ゲーは9割以上アクション操作を必要とするゲームだし、日本だってJRPGの戦闘がアクション性の高いものにシフトしてきてたりしてるしね。

実はだいぶ前から「今後ゲームはアクション性のあるものとそうでないものに二分化する」って感じのコラムを書こうと思ってたんだけど、もうこれでいいやw
まあすでに二分化しちゃってる感じもあるし。

いやーやっぱブログだと長文書いちゃいますね。

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2012年6月 5日 (火)

ブログ記事「ニンテンドーダイレクト Pre E3 2012」の感想

この記事はブログみらいマニアックス !の記事、「ニンテンドーダイレクト Pre E3 2012」と「ニンテンドーダイレクト Pre E3 2012 についての補足」についての感想、というかコメントです。

以下本文。

みらいさんは「OSレベル」で「ゲームタイトル単位」のコミュニティ要素があることを評価しているようですが、個人的には特に評価すべき点ではないように思います。

例えばVitaではLiveAreaでフレンドのアクティビティーを見ることができてそれにコメントを書くこともできますが、正直あまり見ません。
プレイヤーは自分がゲームを楽しむことが大事であって、他人がいつ何をしたかまでは興味がないのです。
本当に親しい友人であれば別ですが、その場合はフレンドページからその人全体のアクティビティを見ることができます。

記事では一般的なSNSとゲームのSNS要素は異なると書いていますが、そう書いておきながら本質をわかっていないように思います。
モバイルなんかのいわゆるソーシャルゲームでは、SNS要素というのは別に他の人とおしゃべりしたりといったことを楽しんでいるわけではなく、他人と関わることで自分のゲームプレイが有利になるからやっているのです。

そしてそういったソーシャルゲームでは、もれなくSNS要素はゲーム内に実装されています。
何故かと言えばゲームによって必要とする要素が異なるからです。
例えば他人と対戦するゲームと、協力するゲームと、アイテムを交換するゲームでは当然交流のしかたが違いますし、ゲームごとにシステムやデザインが違うのでそれに合わせたものを実装したいというのが開発者の考えでしょう。

記事でサワリ・マ・クールを例にフレンドとしか交流できないことを挙げていますが、モーターストームRCではウォール上にフレンド以外の記録も表示されて、それに挑戦することもできます。
他にはPS3の白騎士物語やGT5はゲーム内に独自のマイページがあり日記や掲示板までも実装されています。

つまりどんな種類でどの程度のコミュニケーション要素が必要かはゲームによって異なり、その選択や実装はゲームごとに行うほうがいいわけで、プラットフォーマーはアカウント情報を簡単に取得し応用できるAPIを用意すればいいだけなのです。

おそらく任天堂はMiiを推したいがためにOSレベルで実装することにしたのでしょうが、若干ゴリ押しな気がします。
けしてMiiverseが全く意味が無いとは言いませんが、みらいさんが思っているほどには画期的だったり効果的だったりではないと思います。
Miiわらわらは自分のプレイしていないゲームのコメントも表示されるのが特徴で、それによってそのゲームに興味を持つということもあると思いますが、大抵は「ああなんかいろいろコメントが出てるなー」程度でさっさとゲームをスタートさせるのではないかと。

2chだったりニコニコだったりあとはPS Homeなんかでも思うのですが、ゲームをプレイする人とコミュニケーションを楽しむ人は決定的にタイプが異なります。
両方楽しむ人も中にはいますが、時間に膨大な余裕がある一部の人だけでしょう。

最後に、今回以外の他の記事を読んでいて思っていたのですが、みらいさんはゲームについて若干疎く、的外れだったり勉強不足だったりするように感じることがままあります。
国内海外問わず現在のトレンドのゲームをもっとプレイしてよりゲーマーとしての感性や知識を高めたら、より良い記事が書けると思います。

ブロガーとしては本当に感服していますので、これからもぜひ素晴らしい記事を期待しています。

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2012年1月 1日 (日)

どうする!?どうなる!? PS Vita

新春特別企画ということで久しぶりにコラムです。

Vitaの2週目の販売台数がかなり低かったわけですが、「あれ、Vitaダメじゃね?」と思った人も多いかもしれません。
ということでVitaは今後どうなんだろうかということを、ストレートに競合の3DSと並べて考えてみたいと思います。

とりあえず結論から言っちゃうと、PSPおよびPS3と同じようにゲーム機としてはVitaが勝利すると断言します。
特に3DSはDSやWiiと異なりコアゲーム寄りの路線なため、より確定的と言えます。

どうしてそう思うのか、今ある材料でわかりやすく例を出すと、Vitaの三国無双と3DSの三国無双選ぶならどっち?って話です。
すでに出ている画像を見る限りVitaの無双と3DSの無双とでは相当な差があります。

3DSはせっかく「ブルーオーシャン」と呼んでいたライト層向け路線を捨ててコアゲーム寄りなため、今後はVitaとラインナップがかなり似通ってくると思います。
同じシリーズのタイトルや、それこそマルチプラットフォームとして出てくるものも結構あるんじゃないでしょうか。
Vitaと3DSでは処理能力・ディスプレイの表示品質・操作性に明らかな違いがあり、上で挙げた三国無双のようなかなりの差がそれらのタイトルで表れるでしょう。
そんなことが今後5年以上続くんです。
どちらが選ばれるかは歴然としてるのではないでしょうか。

まだ発売されてませんが3DSのバイオハザードはたしかに結構綺麗です。
しかしVitaだったらもっとハイレベルなグラフィックになることは明白です。
それは単純にディスプレイの違いによるものだけでなく、ポリゴン数やシェーダー品質も格段にVitaで作った場合のほうが上でしょう。

今のところVitaの発売予定タイトルに大作や注目タイトルはあまりありません。
ですが考えてみて下さい。
ただでさえ携帯ゲーム機No.1の性能である上に開発もしやすいと評判のハードに、コアゲームの大作タイトルが出ないと本当に思いますか?
バイオハザードが、 キングダムハーツが、モンスターハンターが出ないと思いますか?
我々一般ユーザーから見れば「発表されていないタイトル=全く存在しないタイトル」のように思えがちですが、メーカー側からしてみれば発表する1年前や2年前から存在しているのです。
もちろん自分は「実はあのメーカーはあのタイトルを作ってる」という情報を知ってるわけではないですが、常識的に考えてそうでしょう。

最終的な販売台数でVitaが3DSを上回るかどうかはわかりません。
ですがゲーム機としてはVitaのほうがメジャーとなるのは間違いないでしょう。
PSPとPS3は日本においてそれぞれ携帯機と据え置き機で、販売台数でトップのハードがゲーム機として勝利するというこれまでの常識を打ち崩しました。
もはや販売台数だけで投入ハードを決めるのは正しくないとメーカー側も語っています。
そしてこのことは、特に日本においてゲーム機とはPlayStationであるということを決定づけたとも言っても過言ではありません。
少なくともソフトメーカー達の中ではそうでしょう。

現在のVitaは安いほうのモデルでも据え置き機のPS3と同じ値段で、さらに待っていればいつか必ず値下げするというのも周知の事実ということもあり、PSPの時を上回ってるとはいえ出足は必ずしも絶好調とは言い難いです。
しかしPS3然り、前世代機種を現役として併売しながらゆるやかに立ち上がっていくというのは、もはやSCEの基本スタイルとも言えるのではないでしょうか。

むしろ前世代のPSPより安くDSiとは同じ値段という3DSの現在の価格設定はあまり正常ではないように思えます。
それはつまり3DSはあと5年以上戦っていかなければならないのに現在の価格相応の品質のハードということなのか、あるいは東芝がHD DVDプレーヤーの販売で行ったような焦土作戦ということなのか。

据え置き機にしてもそうですが、とにかくコアゲーマーとしてはいかにゲーム機として優れているのかが最も重要であり、愚直にそれを追求し実現するハードは当然のように評価され主流になると思っています。
Vitaがゲーム機として勝利すると自信を持っていながら発売2週間でこんな文章を書く自分も大人げないなと思いますが、後で「ほーらだから言っただろ」と言いたいがために今回書いてみました。
さてどれだけ早い段階でこれを言えることになるのか楽しみです。

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2011年12月23日 (金)

「【予想】 モンスター・ハンターシリーズの今後」の感想

【予想】 モンスターハンター 4は新しいブランドになるでは非常に的確な分析をしていて、最近では【予想】注目のPS Vitaの初週週版。実売は31万台 を見事的中させていたブログみらいマニアックス !にて、新たに【予想】 モンスター・ハンターシリーズの今後 という記事が書かれています。
今回の予想に関しては自分としてはちょっと違うかなと思うところがあり、最初はコメント欄にでも書こうと思ったんですが、結構長くなりそうなので自分のブログで書くことにしました。

まずはHD系について海外展開を狙うという部分。
正直MHで海外を狙うのは難しいと思う。
MHPシリーズが海外でも発売されたもののたいしてヒットしなかったのはけしてハードがPSPだったからというだけではない。
根本的にゲームとして海外ゲーマーの嗜好とは異なっている。

海外ではマルチプレイは協力はあまり人気がなく、圧倒的に対戦が主流だ。
加えてMH特有のモーションや演出も受けが悪いだろう。
ドタドタとした走り方、回復薬を使った時のガッツポーズ(しかも長い)、肉を焼く時の軽妙(珍妙)なBGMと「上手に焼けました~」というお気楽な音声、等々。
とても生きるか死ぬか喰うか喰われるかの世界とは思えない。
こういった日本らしいアニメ的なノリの軽さがいたるところで見受けられる。
また全体的にもっさりめなアクションやダウン時の硬直の長さや1体倒すのにやたら時間のかかるモンスター戦といったメカニック部分も合わないだろう。

MHは例えるならドラクエのようだと言える。
ドラクエも日本では圧倒的な人気を誇りながら海外では全くヒットしていない。
もう1つのJRPGの雄であるFFの人気ぶりとは対照的だ。
ドラクエもまた日本的な軽さやほのぼのさが海外のゲーマーには合わないのだろう。

かと言って海外向けにそうした部分を修正するのは、日本にいる400万ものユーザーを大きく失望させてしまうかもしれないリスクを考えると現実的でない。
しかも修正してみたところで海外でどれだけ受け入れられるかは全く不明だ。
もはやドラクエが海外展開をあきらめているのと同様に、MHもリスクのある海外展開よりも堅実に基本国内向けで行くと考えるのが自然だ。
もちろん、たいして売れないことをわかった上で海外版を出したりマルチプラットフォーム展開するのはさほど問題ないだろう。

さらにこの予想でよくわからないのが国内の400万ものユーザーがどこへ行くのかだ。
カプコンとしては当然一度掴んだユーザーをそのまま今後の新作へと移行させたいと思っているはず。
しかし予想ではMHPシリーズはMHP3Gで終了となり、SCE携帯機用はHD系へと統合されるように読める。
HD系のプラットフォーム構成を見るとメインはあくまで据え置き機でVita版はそれの移植となるのだろうか。

どうせやるならより大きな画面・より綺麗なグラフィックでやりたいのがゲーマーであり、一昔前に比べればオンラインプレイがだいぶ一般的になった据え置き機が中心になる・・・、と考えるかもしれないがMHPの場合は少し異なるように思う。
やはり実際に顔をつき合わせ声を掛け合い一喜一憂しながらプレイする楽しさというのがMHPの人気の理由だろう。
もちろんHD系のプラットフォームにVitaも含まれているので同じことはHD系でもできる。
しかしなにか「本流ではない」という印象を抱かせるのではないだろうか。

ではMHPユーザーは今後3DSのMH系に移っていくのか。
すでにMH4まで発表されていて一定の方向性を示しているが、操作性・ディスプレイサイズ・グラフィック性能等がPSPと比べて少し良かったりもしくは劣ってたりといったハードを、MHPユーザーの受け皿とするにはあまりに将来性が無い。
かといってMHP系をPSPで継続するのも無理があるし、Vitaでも同時展開となればVitaではMHP系とHD系の両方が出ることになり意味がわからない。
そういう意味ではナンバリングを3DSで出しながらHD系をWiiUで出すというのもやや不自然に感じる。

やはり総合して考えるとすでに発表されている3DSでのMH系と、PSPから今後VitaへとシフトしていくMHP系という二本柱で行くのがもっとも順当だろうと思う。
こうなると携帯機同士で別シリーズを展開するのはユーザーが分散するし得策では無いと考えるかもしれない。
しかし表向きな表現をするならばこれは分散ではなく拡大、と言える。
SCEハードと任天堂ハードではユーザー層が異なることは今世代で決定的に明らかになったし、MHほどの膨大なユーザーを持つ超人気タイトルならばそういった問題も十分吸収できるとカプコンは考えるだろう。

しかしもう1つの側面として、そもそも主要開発ラインが2つあるということがある。
MH3GとMH4が発表されて以来、開発ラインが2つというのはネットでもよく話題に上がるようになったが、2ラインなのはけして最近のことではない。
もともとPS2で始まったMHはその後も生みの親である藤岡氏のチームが据え置き機版を作り、一方でPSPではMHPシリーズが作られてきた。
販売本数ではMHPシリーズのほうが圧倒的に上だが、なんといってもMHの基本骨格は藤岡氏が生み出したものであり、MH3もMHPシリーズにはとても及ばないながらもそれなりに十分な販売数だったこともありラインは継続しているのだろう。

分家であるMHPシリーズのラインが残り本家であるMHシリーズのラインを無くす、というのはなかなか難しい。
そこに自社ハードのラインナップに超人気シリーズが欲しい任天堂の思惑が上手く合致したのだろう。
しかしWiiではもはやスペック的にもアクティブユーザー数的にも厳しいのでMHPとカブるのを承知で今度は3DSで出すことになった、というところではないか。

ではMHPシリーズの今後の展開はというと、出るのが濃厚と言われているMHP3GはPSP版とVita版の同時発売だと思われる。
ロードオブアポカリプスと同じようにVita版はPSP版を高解像度(ハイレゾ)レンダリングしたものになるだろう。
アドホックはPSP版とVita版で通信可能としてくると思われる。
これは今後MHPユーザーをVitaにスムーズに移行させていくにあたりかなり重要だ。

そして次の新作ではいよいよPSPを切ってVitaで行くことになるだろう。
後ろ髪を引かれる思いはあるだろうがいつかは決断しなくてはならない。
グラフィックの大幅な向上なもちろん、ゲームシステムにも大きく手を加えられることになるのではないか。
これらのタイトルはPS3でも出る可能性は高い。
大画面テレビでプレイしたいという需要はそれなりにあるだろう。
ただ少なくともMHP3Gはリマスターのような形で遅れて出すだろうし、次の新作もあくまでVita版をメインとするために、良くて同発で少し遅れて発売というのも十分考えられる。

以上、相当長くなりましたが感想及びくろこの予想でした。

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2010年11月 2日 (火)

メーカーで判断するのではなくもっと小さな単位で

ゲームは毎週毎週たくさん発売されてしかも1本何千円もするので当然全部は買えず、これは買うこれは買わないという判断をしなければいけません。

よく「あのメーカーの新作だから買う」とか、逆に「あのメーカーの新作だから買わない」とか、メーカー単位で判断したりとか好き嫌いを決めたりってあるじゃないですか。
それはちょっと違うと思うんですよね。

同じメーカーの中でも傑作もあれば駄作もあります。
好きなメーカーならどれでも買う、嫌いなメーカーなら一切買わないというのは誤った判断です。

結局ゲームって人が作ってるわけですから、実際は誰が作ってるかってことが重要だと思うんです。
つまりデベロッパーとかスタジオとかチームとかもっと小さい単位で見るべきだと。

1つのデベロッパーの中に複数のチームやラインがあることもあるんで、できるだけ小さい単位がいいですよね。
さらに言えばゲームの方向性を決め開発をまとめている、映画で言うところの監督にあたるディレクターが誰かというような個人レベルまで見ることも必要でしょう。

ただ、たしかにディレクターは大きな権限を持っていますが、やはり1人の人間ですので目の届く範囲や作業量にも限界があります。
個別のセクションごとにリーダーがいてその人の手による部分が大きいこともあるでしょうし、リーダーでもなんでも無いいちスタッフが大きく貢献してることだってあると思います。

そういう意味ではディレクター等のキーメンバーを含めてスタジオとかチームとかの単位で見るのがいいんじゃないでしょうか。
まあ中には明らかにディレクター個人の才能の賜物のようなゲームもありますけど。

メーカーというのは看板として一番表に出てくる名前ですけど、実は開発してるのは社外デベロッパーだったなんてことは非常に多いです。
大きな単位で一括りにして判断してしまうのではなく、ゲーム1本1本をちゃんと見て判断するべきだと思います。

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2010年9月 3日 (金)

ゲームキャラクターの説得力

CEDECの講演にて、スクエニの開発者が海外デベロッパとの共同開発において西洋(Western)ユーザー向けのキャラクターには説得力が大事だと話していました。

奇しくも、くろこもこのブログの8月24日の記事にて、似たような話題を説得力という言葉を用いて書きました。
そのことについて久しぶりにコラムという形でもう少し具体的に書いてみようと思います。

まず洋ゲーの主人公について。
洋ゲーと聞くと、いわゆるガチムチだったりゴリラみたいなのを想像するかもしれませんが、それはごく一部です。
たとえばGOWのクレイトスなんかはその代表のような存在ですが、あれはどちらかと言うとアメコミ的なキャラクターであってリアル系とは違います。

洋ゲーでももっとリアル系のゲームの主人公は案外さほどマッチョではありません。
たしかに一般的な日本人よりは筋肉質ですが、そもそも欧米人はそういう人種ですから。
年齢もそんなに高くなくてオッサンというほどではありません。

ただ坊主が多いのは事実ですw
これは処理負荷を減らすのが主な目的なので、この部分については真面目にやってる日本の誇れる部分だと思います。

いま世に出てるゲーム(特に洋ゲー)は何かを倒す、あるいは何かに勝つというものがほとんどだと思います。
そういう場合、やはり肉体的・精神的にたくましい人間のほうがそれを達成する説得力があると思いませんか?

逆に日本的な華奢な少年が主人公だとなぜ説得力が無いのか。

例えば高校野球チームが日本代表としてWBCに出て優勝するとしましょう。
いやいやさすがにそれは無理だろ、と思いませんか?
相手国は当然みんな大人の選手なのに、高校生で勝てるわけがないと。
だいたいなんで大人のプロ野球選手が出ないんだと。

これが”説得力が無い”ということなんです。

ゲームの世界でも同じように、10代の少年達が凶悪なモンスターと戦って最終的には悪の親玉を倒して世界を救ってしまう、そんな無茶なだいたいその世界の大人達は一体何やってるんだ、となるわけです。

少年が悩み苦しみながらも苦難を乗り越えて成長し戦っていく、そういう物語もあっていいでしょう。
でもそういうのはもっとニッチなところで細々とやっていただくとして、もっと肉体的・精神的・年齢的に戦うのにふさわしいたくましさを持った主人公が活躍する、そういうものが日本発のゲームでもっと多く作られるべきだと思いませんか。
例えばそう、MGSのスネークような(MGS4はちょっとold過ぎますけど)。

そうすれば今はゲームなんて子供がやるもんだなんて思ってる日本の大人達、特に映画が好きな大人達なんかがもっとゲームに興味を持って、日本のゲーム市場が拡大して社会的地位も向上して、大学で高度な知識を学んだ人やゲーム以外のことにも造詣の深い人が多くゲーム開発者になって、そして日本のゲームが再び世界をリードする。
そんなことも十分可能だと思うんです。

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2010年5月 4日 (火)

日本のガラパゴス化について

海外で数百万本売れる洋ゲーが日本では数万本しか売れないといったことや、日本と海外とでゲームの開発力に差がついてきていることから日本はガラパゴス化してるとよく言われます。
実はゲーム以外でも主に技術関連の分野ですがガラパゴス化というのは言われています。

そのガラパゴス化の要因として、日本が先進国(G7)の中で唯一のアジア圏であるというのが大きいと思います。
文化にしても言語にしても他の欧米諸国と全く異なるのに高い経済力持つ(持っていた)大国であるが故に、日本独自のもので日本市場だけを相手にしていても成り立っていたわけです。
ところが経済がバブル崩壊後20年間も大きく回復せず、グローバル化した世界経済の中でその方法論に破綻が生じてきたというのがガラパゴス化の大きな要因ではないでしょうか。

ゲームのほうに話を絞ると、技術的なことだけでなく文化的な問題も非常に多くあります。
冒頭で書いたように海外で数百万本売れる洋ゲーが日本では数万本しか売れないというのは非常に象徴的です。
これが日本のゲームも同じように海外でほとんど売れないというのなら文化の違いということで話は簡単なのですが、伝統的に日本のゲームは海外でもよく売れていました。

ところが最近ではその状況にも陰りが出てきて海外でも日本ゲームがあまり売れなくなってきました。
売れているのはバイオハザードやメタルギアソリッドやファイナルファンタジーというような西洋人風でリアル調のキャラクターデザインのものばかりです。
サッカーゲームのウイニングイレブンも基本的には同じと言えるでしょう。
日本的なアニメ調のキャラクターデザインのものはことごとく拒否される傾向になっています。

これまで日本のゲームが売れていたのはハードのスペック的にグラフィックスの表現力がまだ拙かったためにこれらの問題が表面化していなかったためでしょう。
それがPS2世代から表面化し始め今世代でさらに顕著になりました。

このあたりがまさに日本が先進国中唯一のアジア圏であることによる問題と言えるでしょう。
最近韓国産のMMORPGを数多く目にしますがそのデザインはかなり日本的ではないでしょうか。
そういう意味ではこれからさらに成長していくであろう韓国や中国の市場を上手く掴めれば日本的なアニメ調デザインのゲームにもまだまだ希望はあるのかもしれません。

日本のゲームが売れなくなった理由として単純にゲームとしてつまらないということもあります。
これにはいくつかの要因が考えられますが、1つは今世代になりグラフィックスの表現力が飛躍的に向上しその分開発のための予算も上がり、ゲームを完成させるのが精一杯で面白さの作りこみにまで手が回らないというのがあります。

予算が足りないから作りこめない→作りこんでないから出来が悪い→出来が悪いから売れない→売れないから予算がかけられない
といった悪循環が生じるわけです。

日本国内の市場が大きく国内だけで十分に売れるならばこの問題も多少改善されるのですが、日本のゲームらしいゲームの市場は縮小してしまっていてそうもいきません。

他に日本ゲームがつまらなくなった要因及び市場が縮小した要因として、ゲームオタクが好きが高じてゲーム開発者となりオタク向けなゲームを作りそれをプレイして育ったオタクがまた開発者になり、といった悪循環もあるのですがこれは今回のガラパゴス化のテーマとは異なるので深くは書きません。

ゲーム開発の技術的な部分については言語の問題もあるでしょう。
もともと海外では技術情報に関してオープンな風土であるということもあって、技術情報を多く共有し難度の上がったゲーム開発の助けとしています。
当然その技術情報のほとんどは英語で書かれています。

これもまさにアジア圏というのが関係していて日本は先進国中唯一言語にアルファベットを使いません。
実際には英語が分かるか分からないかということが重要で、そういう意味ではヨーロッパの国では必ずしも英語が公用語ではないのですが、アルファベットを使うという点で親和性は高く実際英語の分かるヨーロッパ人は多いです。

ただしこの問題についてはアジアだからしょうがないと簡単にあきらめていい話ではなく、最近ではアジア人でも英語を話せる人は多いです。
日本の英語習熟度の低さは世界でもトップクラスで、こんなに英語が話せないのは他にアフリカの部族くらいではないかと言われるほどです。

今後のグローバル社会において日本人の英語習得は急務であると思います。
個人的には幼稚園から英語を義務教育として行い、第2言語として全ての日本人が英語を完全に読み書き話しできるようになるべきであるとさえ考えます。

そして海外で大ヒットしてるゲームが日本ではほとんど売れないということについて。
映画でも音楽でも海外で売れているものは日本でも売れているのになぜゲームは売れないのでしょうか。
たしかにいわゆるバタ臭いクセのあるデザインのものもありますし過去にはいわゆるクソゲーが多くあったりしましたが、最近では面白さについては文句なしですし作りの丁寧さやセンスの良さではもはや日本を上回っているといっても過言ではありません。

ゲームというのはアニメと並び日本が世界に誇る独自の文化だと言われています。
そのことを誇りに思っている人も多いんじゃないでしょうか。
故に洋ゲーを認めてしまうとその誇りを否定することになってしまうと考えているのかもしれません。

たしかにそうでしょう。
現状、全体で見れば間違いなく日本のゲームよりも海外のゲームのほうがレベルは高く、もはや日本独自の文化とは言えなくなっています。
でもだからといって盲目的にに拒絶してしまうのは間違ってると思います。
今後の日本のゲームのレベルを上げていくために、ユーザーとしても良いものは良いと認めて逃げも隠れもせず真っ向から向き合うべきではないでしょうか。

文化の違いという点についてはどうしようもない部分はありますが、基本的には日本はもうけして経済大国でない、広く視野を世界を向けて相手にしていかなければ成り立たないんだという覚悟と気概を持っていくべきだと思うわけであります。

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2010年1月24日 (日)

GT5系の音への批判について

この前の規制についての話に続いてネットで言われてることについて物申すシリーズです。

GTHDから始まりGT5Pや最近のタイムトライアルチャレンジなんかでも、音がショボイなんていう批判を割りと見かけます。
中にはアンチによるイチャモンもあると思いますが、普通にそう感じてる人もいるように思います。

いやいやちょっと待てと。
まず市販車のどノーマルでそんなレーシングカーのような音がするわけないだろと。
特に国産車であればスポーツカーでもかなり抑えめの音になってます。
GT5Pにはカスタムカーも収録されていますが、それはマフラーも交換されてるようでちゃんと迫力のある音がします。
さらにF1なんかもの凄い音しますよ。

そしてクルマやバイクに詳しい人なら知ってると思いますが、エンジンまわりからは基本的に2種類の音が発生します。
1つはブォーンという排気音、そしてもう1つはシュイーンという機械音です。
GT5系ではこの機械音も忠実に再現されています。
なのでこの機械音の混ざった音を聞いた時にショボイと感じる人もいるのではないでしょうか。

さらに大事なのはカメラ位置です。
GTでは複数のカメラ位置を選択できますが、このカメラ位置は同時にマイクの位置でもあるのです。
つまりバンパー視点ならバンパーの位置の音、車内視点なら車内での音、後方視点なら後ろの位置の音をそれぞれ再現してるわけです。
前方なら排気音より機械音(さらにタイヤと路面の摩擦音)が大きく、車内なら少しこもった音になり、後方なら排気音が大きく聞こえます。

なので排気音を判断したり楽しんだりしたいなら後方視点がベストということになります。
結局GT5は音にこだわっていないどころかかなりこだわっているからこそ生まれた誤解だったと言えるでしょうね。

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2010年1月19日 (火)

海外タイトルの日本版における規制について

そろそろレビュー書かないといけないんだけど今日はもう時間が無いので(レビューは書くのに意外と時間と気力が必要なのです)前から思ってことについてのコラム的なものを。

海外のゲームでは暴力的なものなど過激な表現のものがあり、そのゲームの日本版ではそれらの表現が規制されることも多いです。
日本ではZ区分が18才以上のみとされており最も過激な表現を許されていますが、そのZ区分をもってしても元の海外版から表現が省かれていることも多々あります。

このことから審査を行っているCEROに対して「ふざけんな!」という意見をネットでよく見かけますが、これは筋違いなんじゃないかと思います。
まず文化の違いにより国によって表現の規制の基準が異なることは普通であり、逆に日本よりも暴力表現に厳しい国もありますし日本で平気な表現が海外ではダメだったりすることもあります。

そもそも規制されてない海外版をプレイしたければ海外版を買えばいいのではないでしょうか。
さすがにCEROは海外版の日本での流通や購入までは禁止していませんから。

しかし海外版となれば今度は言葉が分からないと不満をいう人が出てきます。
でもこれは個人の問題ではないでしょうか。
つまり英語ができないのはあなたの問題でしょ、ということです。

別に誰も英語を勉強することを禁止もしないし邪魔もしません。
英語を勉強しようと思えばいくらでもできるのに、自分の都合で英語を勉強もせずに英語がわからないと文句を言っているだけなのです。

そんな英語のできない人達のために日本のメーカーおよびCEROは日本の基準に照らし合わせてローカライズをやってくれてるわけで、感謝こそすれ文句を言うのは間違っているのではないでしょうか。
ちなみにくろこは別にCEROの関係者でもまわし者でもありません。

他人から何かを与えられることを当たり前だと思いそれに文句を言うのではなく、自分から望む結果を手に入れるために行動を起こすという姿勢が大事だと思うのです。

じゃあくろこは英語ができるかと言われれば、全くできないわけではないですがけして達者とは言えません。
それはくろこが英語ができたらいいなと思っていながら努力を怠っている結果によるものです。

なので英語ができるできないに関してはあまり偉そうなことは言えませんが、少なくとも規制された日本版に対して文句を言うのは違うんじゃないかと思うわけです。

もし文句を言うのであれば、それを主張する団体でも作って堂々とCEROに対して抗議するとかくらいやってほしいですね。

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